中沼了三先生顕彰会設立50周年記念講演会・公民館歴史講座

■日時:2026年10月10日 土曜日 14:00~15:30

■会場:隠岐の島町役場 中出張所

■講師:松本侑子さん(作家・翻訳家、日本ペンクラブ理事)

■演題:「中沼了三の生涯と思想 その現代的意義」

■申込:不要

■入場:無料

■主催:中沼了三先生顕彰会

■共催:隠岐の島町、隠岐の島町教育委員会

■協力:隠岐の島町中央公民館

 

■ 松本侑子さん(作家・翻訳家、日本ペンクラブ理事)

出雲市生まれ。筑波大学卒。「巨食症の明けない夜明け」(すばる文学賞)、評伝小説『恋の蛍 山崎富栄と太宰治』(新田次郎文学賞)、金子みすゞと実弟で作詞家の上山雅輔の伝記『みすゞと雅輔』(新潮文庫)、幕末維新小説『島燃ゆ 隠岐騒動』(光文社文庫)。訳書に、日本初の全文訳・訳註付『赤毛のアン』シリーズ全8巻(文春文庫)。

 

■ 中沼了三( 1816 – 1896 )

医師中沼養碩の三男として隠岐島後の中村で生まれ、兄龍之助に続いて京都の山崎闇斎学派の儒学者鈴木遺音に学びました。

京都御所の南に開いた私塾では、西郷従道、中岡慎太郎ら多くの維新志士を教えたほか、中西毅男、井上甃介ら隠岐から上京した若者もここで学び、その後の隠岐騒動の指導者となりました。

また、公家の教育機関である学習院の講師を長年務めるとともに孝明天皇や仁和寺宮などにも講義しました。元治元年(1864)には朝廷の命により十津川に文武館を開校しました。

慶応4年(1868)1月に起きた鳥羽・伏見の戦いでは、明治新政府軍の軍事参謀として二人の息子とともに従軍しました。

明治に入ってからは東京に移り、明治天皇の侍講や昌平学校(東京大学の前身)教授を務めました。明治29年(1896)に京都の浄土寺村で亡くなりましたが、京都の私塾跡石碑、邸宅跡石碑、安楽寺の墓所、十津川には文武館跡の石碑などゆかりの地があり、今もその活躍の面影を残しています。

 

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