■小泉八雲とセツの出会いから隠岐への旅へ 二人きりの旅行を楽しむ
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、嘉永3年(1850)にギリシアで生まれアイルランドなどで育ちました。その後、アメリカの新聞社等で仕事をした後、40歳で来日しました。そこで島根県知事の籠手田安定に見いだされ、明治23年(1890)8月に松江の島根県尋常中学校と師範学校の英語教師となり、妻のセツと出会いました。
松江での生活は1年半と短期間で、隠岐に渡る機会はありませんでしたが、熊本の第五高等学校に赴任後の明治25年(1892)の最初の夏休みにセツと各地を旅行しました。そのうち8月10日から24日までの約2週間を隠岐で過ごしました。
隠岐旅行はセツと二人きりの旅となり、本州を離れての離島への船旅は新婚旅行のような楽しい旅だったでしょう。
隠岐では、史跡や伝説を見聞したほか、西郷の町の繁栄ぶりに驚いたり、菱浦の町をとても気に入り、「隠岐に家を建てて住みたい」と後々までセツに話すようになりました。
■「伯耆から隠岐へ」の誕生!! 世界に紹介された「隠岐」に残る日本人の精神性
この隠岐旅行をもとに『Glimpses of Unfamiliar Japan』(ホートン・ミフリン社(アメリカ)、明治27年(1894年))、邦題『知られぬ日本の面影』に収載された「伯耆から隠岐へ」という作品が誕生します。
この本が出版された明治27年(1894)は、日本が東洋の大帝国である清国と日清戦争を戦った年でした。翌年日本が勝利し、一躍世界中に日本が注目されることになります。
そのような中で、アメリカで出版されたこの本は、次々と版を重ね小泉八雲の本の中でもヒット作となりました。
これにより東洋の不思議な日本文化が欧米文化圏で広く紹介されることになりましたが、その一篇の「伯耆から隠岐へ」により、明治維新後の西洋化のために急速に失われゆく日本人の精神性が離島「隠岐」には残っているということが世界に紹介されました。
■「伯耆から隠岐へ」を読んでみよう!! 参考文献もご一緒に
「伯耆から隠岐へ」は、『知られぬ日本の面影』の一篇ですが、出版されている本の中には収載されていないものもあります。
現在は、講談社学術文庫の『明治日本の面影』で読むのが一番よいでしょう。
また小泉八雲と妻セツを知るための本もいろいろあります。一緒に読むとより理解が深まり楽しく読むことができるでしょう。
・『明治日本の面影』(小泉八雲著、平川祐弘編 講談社学術文庫 講談社 1990年)
・『文学アルバム小泉八雲 増補新版』(小泉時・小泉凡編 恒文社 2008年)
・『小泉八雲 ラフカディオ・ヘルン』(田部隆次著 中公文庫 中央公論新社 2025年)
・『八雲の妻 小泉セツの生涯』(長谷川洋二著 潮文庫 潮出版社 2025年)
・『思ひ出の記』(小泉セツ著、小泉八雲記念館監修 ハーベスト出版 2024年)
【この記事に関するお問い合わせ】
中央公民館
連絡先:08512-2-0003


